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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)14354号 判決

原告

株式会社専協

右代表者

薗田純雄

右訴訟代理人

森本明信

被告

宮田輝

右訴訟代理人

國生肇

被告

大野明

被告

鳩谷斎

右被告大野明、

東浦菊夫

同鳩谷斎訴訟代理人

広瀬英二

右東浦菊夫訴訟復代理人

平岡高志

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、一七七五万円及びこれに対する被告宮田輝、同鳩谷斎においては、昭和五六年一月一七日から、被告大野明においては昭和五六年一月一八日から、支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文第一、二項同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、訴外協同組合連合会日本専門店会連盟(以下「日専連」という。)の事業部門を担当する機関であつて、全国専門店約二万店の日専連加盟店に対する物流・融資・保険等の業務を担当することを目的とする株式会社である。

(二) 被告宮田輝(以下「被告宮田」という。)は、昭和五三年一〇月四日から同五五年三月六日まで訴外社団法人日本民宿組合中央会(以下「中央会」という。)の会長として、中央会を代表し、会務を統括する責に任じる地位にあつた。

(三) 被告大野明(以下「被告大野」という。)は、昭和五〇年六月一八日に中央会の理事兼会長に就任し、同五三年一〇月四日に会長を、同五五年三月七日に理事をそれぞれ辞任するまでの間他の被告らと共同して同会を代表し、会務執行を担当する地位にあつた。

(四) 被告鳩谷斎(以下「被告鳩谷」という。)は、昭和五〇年六月一八日に中央会の理事兼副会長に就任し、同五五年三月六日には、被告宮田の同会会長辞任に伴つて同会会長代行に就任し、他の被告らと共同して同会を代表して会務を統括する責に任ずる地位にあつた。

2  損害の発生

(一) 原告は、訴外株式会社日本民宿共済会(以下「共済会」という。)からの売買発注と右売買代金債務についての中央会による支払保証約定に基づき、別紙一のとおりの商品を売り渡したところ、その代金は合計一七七五万円となつた。

(二) 原告は、右売買代金支払のために共済会が振り出し、右支払保証のために中央会が裏書をした別紙二記載の約束手形三通(額面総額一七七五万円)を同会より受け取り、右各手形の各支払期日に各支払場所に提示したが、いずれもその支払を拒絶された。その後中央会は、昭和五五年九月三〇日東京地方裁判所により破産宣告された。

(三) 中央会の理事である訴外小森谷泰(以下「小森谷」という。)は、中央会を代表して前記約束手形三通の第一裏書人欄に署名押印すると共に、他の中央会職員らと共に、中央会あるいは共済会が代金支払の意思も能力もないのにこれをあるかの如く装い、売買代金が確実に支払われるものと原告を誤信せしめて前記商品を共済会に納入せしめたものである。右により売買代金の回収が不能となつた原告は、前記売買代金と同額の損害を被つた。

3  被告らの責任

(一) 民法四四条一項に基づく法人の不法行為責任が問われる場合において商法二六六条ノ三の規定の類推適用により、当該法人の理事がその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があるときは、右理事個人は当該法人と連帯して第三者に対して損害賠償責任を負うものと解すべきである。

(二) 本件において、被告宮田は、中央会の会長として中央会の各種催しに積極的に参加してその総指揮をとるなど中央会の対外的な信用強化にみずから積極的な役割を果たしていた。被告大野は、中央会の会長あるいは理事として小森谷と共同して日常の業務執行を担当していた。また、被告宮田、同大野は、小森谷が中央会と取引関係に立つ一般人に対し「宮田輝先生、大野明先生が最高責任者である中央会に対しては、絶対信頼してほしい」旨を繰り返し強調するのを放置あるいは黙認していた。被告鳩谷は、中央会の理事として、小森谷と共に同会の業務執行に密接に関与していた。

以上のとおり、被告らは、前記のそれぞれの立場において、中央会の対内的、対外的活動に深いかかわり合いを持つていたのであり、同人らは、他の理事の職務執行の全般について、これを監視し、社団法人の業務の執行が適正に行なわれるよう配慮すべき義務があり、またそれをなしえたにもかかわらず、理事である小森谷の前記違法行為を放置したのであり、右は被告らの重過失によるものというべきである。そして、その結果、第三者である原告に前記損害が生じたのであるから、前記(一)の解釈によれば被告らは右損害につき賠償すべき責任を負うべきである。

4  よつて、原告は被告ら各自に対し、一七七五万円の損害賠償金及びこれに対する不法行為の後である被告宮田、同鳩谷においては昭和五六年一月一七日から、同大野においては昭和五六年一月一八日からそれぞれ支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告宮田)

1 請求原因1(一)の事実は不知、同1(二)の事実は否認する。

2 請求原因2(一)ないし(三)の事実は不知

中央会は公益社団法人であつて一切の営利事業をなしえないのであるから、中央会が営利法人間の商取引につき、債務保証のために手形裏書をなすがごとき行為は、目的の範囲外の行為であるところ、仮に右行為によつて原告に損害が生じたとしても、これにより理事等の個人責任を問うには、専ら民法四四条二項の規定が適用される場合であるべきである。しかし、原告の主張するような中央会の支払保証のための手形裏書につき被告らが賛成の議決をしていないのであるから、被告らに損害賠償責任はない。

3 請求原因3(一)は争う。

4 請求原因3(二)の事実は否認する。

被告宮田が中央会のパンフレット等に「会長」と記載されても、それは名誉的儀礼的な意味で呼称される「会長」でしかなく、定款に定められ正式に理事の中から選出される「会長」ではない

(被告大野、同鳩谷)

1 請求原因1(一)の事実は不知。

2 請求原因1(三)の事実は認める。

3 請求原因1(四)の事実のうち、被告鳩谷が昭和五〇年六月一八日に中央会の理事に就任したことは認めるが、その余の事実は否認する。

4 請求原因2(一)ないし(三)の事実は不知。

5 請求原因3(一)は争う。

6 請求原因3(二)の事実は否認する。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一当事者

1  〈証拠〉によれば請求原因1(一)の事実(原告の地位)が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  〈証拠〉によれば、中央会の定款には、会員は正会員及び賛助会員の二種類とする、役員として、会長一人、副会長二人、理事二〇人以上五〇人以内、監事二人をおく、会長、副会長は、理事の中から選出する、役員は、総会で選任する、その定足数は正会員の二分の一、議決数は出席正会員の二分の一とする、と定めてあること、昭和五三年一〇月三日開催の中央会第三回民宿全国大会の前夜祭会場で、理事長と称していた小森谷が被告宮田に会長就任を要請、中央会会員を含む出席者は承認し、その翌日、同被告の欠席した大会で、再度その旨の決議がなされたが、いずれも総会としての議決の要件を満たしているかどうかは不明であること、しかし、以後同被告は、中央会会長として、同会のパンフレット等に寄稿したこと、同被告は昭和五五年三月六日会長を辞任したこと、中央会定款一二条一項には、会長は理事になる旨規定されていたが、同被告は理事として登記されないまま会長辞任に至つたことがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  請求原因1(三)の事実(被告大野の地位)は当事者間に争いがない。

4  〈証拠〉によれば、被告鳩谷は、昭和五〇年六月一八日に中央会の理事に就任し(右事実は当事者間に争いがない。)、同五二年六月二四日には同会副会長に選任され、同五五年三月六日には、同会会長代行に就任したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二損害の発生

〈証拠〉によれば、請求原因2(一)ないし(三)の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三原告は、被告らは中央会の会長あるいは理事の地位にあつたのであるから、民法四四条一項に基づき法人の不法行為責任が問われる場合には商法二六六条ノ三の規定が類推適用されて右法人の責任と連帯して当該法人の理事個人にも損害賠償責任を問いうるとし、本件においても被告らが職務を行うにつき悪意あるいは重過失ある限り原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う旨主張するので、以下、この点につき判断する。被告大野、同鳩谷が前記認定の中央会による債務保証時において、いずれも中央会の理事の地位にあり、被告宮田は、昭和五〇年一〇月三日ないしは四日開催の中央会大会において会長就任の要請がされ、同会出席者の承認があつたことは前記認定のとおりであり(これが中央会の定款に基づく会長として適式に選任されたことになるのかはさておく。)、また、〈証拠〉によれば中央会は、健全でかつ快適なレクリエーションを大衆に与えるために、民宿を指導育成し、国民の健康増進と余暇活動に資することを目的として、昭和五〇年六月一八日に主務官庁である厚生大臣の許可を得て設立された公益社団法人であると認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。右のごとき公益社団法人の理事あるいは会長の責任につき商法二六六条三が類推適用されるか否か検討するに、同条の立法趣旨は、本来、株式会社の取締役は、自己の任務を遂行するに当たり、会社に対して負つている善管注意義務や忠実義務に違反して、第三者に損害を被らせたとしても、当然に損害賠償の義務を負うものではないが、株式会社が経済社会において重要な地位を占めていること、しかも株式会社の活動はその機関である取締役の職務執行に依存するものであることを考慮して、第三者保護の立場から規定された点にあると解される(最高裁昭和三九年(オ)第一一七五号昭和四四年一一月二六日大法廷判決・民集第二三巻第一一号二一五〇頁参照。)ところ、公益社団法人はその性質上その経済社会における地位の重要性については、株式会社に及ぶべくもないこと、確かに公益社団法人の運営については、代表機関である理事の活動に依存するところが大きいとはいえ、一方株式会社とは異なり、主務官庁がその設立許可権限(民法三四条)、設立許可取消権限(民法七一条)業務の監督権限(民法六七条)、定款の変更を認可する権限(民法三八条二項)等を有しているのであつて、右の点からすれば公益社団法人の業務の運営が株式会社における取締役のごとくに理事のみに依存しているとは認め難いこと、また、右事情からして、株式会社の場合ほどに第三者保護の必要性は認め難いこと、さらには、法は株式会社の取締役以外の取締役あるいは理事に、商法二六六条ノ三と同様の責任を負わせる場合には各法令に個別に規定している(有限会社法三〇条ノ三、労働金庫法三七条二項、信用金庫法三五条二項、農業協同組合法三一条の二第三項等)と考えられることからすれば、公益社団法人における理事の個人責任について、民法四四条二項に規定する以上に商法二六六条ノ三と同趣旨の責任を負わせるのは相当ではない。民法四四条一項に商法二六六条ノ三を類推適用すべきという原告の主張は、独自の見解というしかなく、これを採用することはできない(ちなみに、中央会が共済会の原告に対する売買代金債務の支払保証のために手形裏書をなすことにつき理事会、総会等の議決が経由され被告らがこれに賛成したとの主張、立証がない本件においては、被告らに民法四四条二項に基づく損害賠償責任を負わす由もない。)。そうすると、原告の被告らに対する本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないことに帰する。

四以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官伊藤瑩子 裁判官松田 清 裁判官古久保正人)

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